2012年は人生で最高の年だった

by 町田 龍馬 on 2012年12月29日

2012年に書いたブログをみて、自分の一年をふりかえってみたい。今年一発目に書いたブログは「ユニークな人材が日本を、世界を変える」。

ユニークであることは勇気がいる。社会の常識をぶち破る必要がある。イケダハヤトさんの言うように批判を無視できる根性がいる。自分の信念を貫く必要がある。

 

これができるのが「起業家」や「海外経験者」だと思う。

 

僕は、このように日本の常識とされていたことを覆すことのできる、起業家や、海外経験者が増やすことが、日本を良くする近道だと信じている。なぜなら彼らはユニークな視点を持って日本社会に風穴を開ける可能性が高いから。

この考えをはっきりブログで表明したのは初めてだった。これを書く1カ月前に共同創業した会社を去り、本当に独りになり、自分の志を、いつもブログを読んでくれる方々にはっきりと示したかった。

そして、この後、スティーブ・ジョブズの死去をきっかけに「起業家 スティーブ・ジョブズが教えてくれた7つのこと」という記事で、僕にとっても最も重要だった「大きな志を持つ」を一番最初に書いた。

起業して新しいものを創るなら、大きな志を持つべきだ。

 

アップルは単なる巨大テック企業ではない。ジョブズは人類にとって役に立つ製品を生み出し、世界中の人のライフスタイルを豊かにした。これはジョブズが「世界をよくする」という大きな志をもって、情熱を注いできたからだ。

 

ジョブズのように「大きな志」を掲げて、世界中の人がかかえる「大きな問題」を解決することができれば、「大きな企業」をつくれるかもしれない。しかし、現実は厳しく、ほとんど起業家は、アップルやFacebookのような巨大企業を生み出すことはできないので、37 Signals(個人的に最も好きな企業)のように、ニッチなマーケットで勝負することになるだろう。

 

いずれにしても起業するのであれば「大きな志」を持ってビジネスに取り組む方が、まわりからみて魅力的だし、やっている本人も楽しいと思う。なによりも、大きな志があれば、賛同する仲間が集まってくるし、誰かをインスパイヤーさせることができる。

次に書いた記事は「年齢も住んでいる場所も関係ない時代」。ここでは、海外アウトソーシングの経験をもとに、日本人が海外で勝負すべきだと断言し、前に書いたように「人と違うことをすべき」と記した。

日本や世界の状況を認識して、危機感を持ち、世界中の人とネット(メールとスカイプで十分)を通じて働けるスキルをつけよう。繰り返しになるが、年齢も住む場所も関係ない時代は、既に現実となっている。

 

国や会社に依存する生き方を止め、自分の得意なこと、興味があることを、できるだけ早く伸ばすべき。大前研一氏が「ザ・プロフェッショナル」で書いていたように、世界中、どこに行っても生きていける力を身につけなければならない。

この記事から約一週間後、僕はついに前から構想していたスタートアップハウスについて発表し、実現させるために動き出す。スタートアップハウスとは世界を変えられると本気で信じる若者が住むシェアハウスだ。シェアハウスをやる理由について以下のように書いた。

日本は30年ほど不景気である。いろんな人が声をあげて国を良くしようとしたが、教育や企業、政府は何一つ変わらなかった。30年間変わらなかったものは、これからも変わらない。若者は、政府や企業に対して希望を捨てる勇気を持ち、現状を正しく認識し、自分がやるべきことを行動に移すべきだ。

 

僕は日本を良くする唯一の道は「起業家と海外経験者を増やすこと」だと信じている。なぜなら彼らは、日本の常識や慣習に疑問を持ち、自分の勤めている企業や、所属している団体、コミュニティーへ「新しい風を吹かせる」可能性が高い。

 

これまで僕は、起業家を増やすためには、自分が成功し影響力をもつことが一番の近道だと思っていた。しかし最近になって気づいた。どんな成功も決して一人で勝ち取れるものではない。だから僕はスタートアップハウスを始めることを決意した。

 

世界を変えられると本気で信じる若者がひとつ屋根の下に集まり、毎週のようにリビングでイベントを開催し、あらゆる人とコラボレーションしながら、世界で戦えるアプリをリリースしていく(個人/チーム)。同じ志を持つ若者たちが、成功モデルを作ることで、日本に新しい風を吹かせる。

その後は、スタートアップハウス入居に興味がある人むけに、何度もミートアップを開催し、「日本を元気にするには起業と海外経験者を増やすしかない」「米国で使われる日本発のアプリを「スタートアップハウス」から生み出すことで、日本の誇りをとりもどす」など、しつこく自分思いをブログに書いていった。

日本人が作ったアプリ、しかも24歳以下の若者が住むシェアハウスから生まれたスタートアップハウスブランドのアプリが、次々と米国でヒットしたら、おもしろくないですか?

 

日本人はまだやれるってことをアプリの世界で証明したいのです。僕ら若者が成功事例をつくることで、より多くのに人に起業や海外というオプションを知ってもらい、日本を元気にしたい。

4月に入り、「尊敬するスタートアップ「Buffer」のファウンダー二人とランチした」で、自分でも海外でやれる、あとは行動するだけだと確信した。

僕は日本から米国で流行るサービスをつくるのは可能だと思っていたが、二人と会ってその思いが確信に変わった。同世代で成功している人と会えて勇気が出た。また、僕のスタートアップやマーケティングに関する知識やスキルは二人とそこまで変わらないと感じた。とにかく自分を信じて思いっきりやろうと思う。

僕のバックグラウンドと日本に対する考え」では、学生から受けたインタビュー内容を掲載した。自分のバックグラウンドの話からはじまり、最終的には上と同じことをのべている。

僕は自分の経験から、起業家や海外経験者の様なユニークな人達が、自分の周りから良い影響を与え、結果として日本を変えていくと思っています。トップダウンで大企業や政府、教育機関に何かを期待するべきではないです。それでは人は変わらない。

 

人は身近な人にインスパイアされて「こういう生き方もあるんだ。俺もチャレンジしようかな」と思い、はじめて変わる。なので政府や教育機関に頼らず、個人が自ら海外へ行ったり、海外と仕事したり、ベンチャーに入ったり、起業したり、常識に囚われず面白い事にトライしていく事が大事です。

5月に入り「僕がスタートアップハウスを休止した理由」で、スタートアップ休止の理由を語り、最後に「米国市場で成功して、日本の若者のロールモデルになり、海外で勝負する若者や起業家精神を持った人を増やして日本を元気にすることを絶対に諦めない」と誓った。

僕は今回のスタートアップハウス構想から実現に向けた「行動」によって多くのことを学んだ。それは自分が考えて実行したからだ。失敗に終わったが、全力でやったので後悔はしていない。

 

これからも僕は多くの人に迷惑をかけては、また失敗するかもしれない。だけど絶対に諦めない。いつか必ず、米国アプリ市場で成功し、ローモデルとなることで、海外で勝負する若者を増やし、日本を元気にする。

6月には「リーンスタートアップのバイバル Running Leanで教育アプリを開発する」で、新たな取り組みを発表するものも、「スタートアップがチャレンジすべきでない市場」で、一週間で挑戦を断念した理由と、失敗から学んだことを書いた。

スタートアップは資金がないため早くユーザーを増やしマネタイズする必要があるが、どんなに良い製品をつくれてもユーザーを増やせない市場が存在する。

 

スタートアップは「いかに早くフィードバックを得て市場から学ぶか」を重要視すべきなので、教育業界など、スピーディーにフィードバックを得ることが難しい業界は避けるべき。

7月に入り、あるクライントから、アプリの納期がこれ以上遅れると、700万円の損害賠償を請求すると言われる。理由は、僕がクライントのアプリ開発を受注し、インドにアウトソーシング(クライントも承知で)していたが、その会社に騙され納期が遅れて先が見えなくなったからだ。

 

この請求を受けてから僕は必死で日本の開発会社を探し、奇跡的に素晴らしい社長と出会い、短納期・低予算で開発を受けてもらい、なんとか納期を間に合わせ、賠償請求を受けずにすんだ。

 

ここで僕は「人生は何があるかわからないから、やりたいことは今すぐやるべき」と身を持って学ぶ。また僕を助けてくれた開発会社の社長と、クライントに心から感謝をし、もうこんな迷惑はかけたくないと強く思った。

 

そして「ソーシャルメディア・レポーティングツール」をつくることを決意し、すぐに海外のデザイナーと日本のエンジニアを探し出す。

 

スタートアップハウスで出会ったフリーランスになったばかりのエンジニアSuinに相談したところ、彼のプログラミングの師匠の師匠である森怜峰さんを紹介される。

 

7月末にSuinと森さん3人で打ち合わせをして、森さんに外注という形で開発をお願いすることが決定。

 

8月、森さんとやり取りをしていくにつれ、森さんの技術力の高さと人間性に感銘を受ける。そして、森さんにパートナーになってもらいたいと思い、必死で口説き出す。同時期に、僕は海外のデザイナーを探し、世界のスタートアップ業界で超有名な友人のUIデザイナーSacha Greifのアドバイスを参考に、インドネシア人の一流UIデザイナーに実費で仕事を発注(約50万円)。

 

賠償請求の件がなかったら、僕はここまで早く自分の思いに正直に動いていなかった。とはいえ、すぐにはマネタイズできないので、生活するために安定した収入を得る必要があった。

 

9月に入り、ある企業のブログマーケティングを本格的に行うことが決まり、この会社の社長のはからいで、4カ月分の報酬を前払いでいただいた。おかげで僕は自分のプロダクト開発に集中できるようになった。プロダクトの名前もロゴも決まった。

11月、「倖田來未さんのFANCAMを実現させて学んだこと」で、Avexと仕事をしたことに関して、以下のように書いた。

今回FANCAMを通して僕が学んだことは、何事も諦めなければ、いつか実現できるかもしれないということ。スティーブ・ジョブズの言う「点と点を線でつなぐ」の意味が少しわかった気がする。

 

FANCAMを心のどこかで諦めずに、生きてきたらいろんなかたちで、過去のできごとがつながり、今日FANCAMを実現できた。しかも倖田來未さんの、誕生日記念の武道館ライブで。

 

これから僕はまだまだいろんな経験をしていくが、常に今を大事に、それが未来につながることを信じて、堂々と胸をはって生きていきたい。

FANCAMのプロジェクトを成功させ、クライントのブログマーケティングも安定してきたので、12月は、本当の意味で、自分のプロダクト「ZenMetrics」に集中できるようになった。そして、気づいたら、森さんを紹介してくれた、SuinもZenMetricsのチームメンバーになっていた。

 

森さんとSuinは三鷹市が6月から運営しているコワーキングスペース「ミタカフェ」で活動していたので、12月末から僕もこのコワーキングスペースのメンバーになり、田町から三鷹に通い2人と同じテーブルで開発をするようになる。

 

そして、僕ははじめて仲間がいることのありがたさ、同じ思いを持った仲間と開発できる楽しさを実感する。おかげで、僕のモチベーションも今まで以上に高くなった。

 

今は3人でFacebookレポーティングツール「ZenMetrics」を1月にロンチするために、全力で開発に取り組んでいる。

まとめ

2012年は激動の一年だった。いろんなことがあったが、常に自分で考え、そのときベストだと思う行動をとってきた。だから一年を振り返って後悔することはひとつもない。

 

むしろこれまでの人生で最も満足できる年だった。これは一緒にアプリをつくる2人の仲間ができたことが大きかった。また、自分の直感や心を信じて、行動してきたことが大きかった。

 

この文章を読んでくれた方に伝えたいのは、「勇気をもって自分のやりたいこと人に伝え続け、実際に実行にうつしてほしいということ。そして、全力でやれば、そのときの学びがいつか一つの線としてつながるということ」。

 

なにをやるにしても失敗する。であれば、はやくはじめてはやく失敗した方がはやく成功できる。

 

騙されたつもり、一歩前に歩き始めてほしい。志高く、自分の思いを伝える努力をすれば、森さんとSuinのように素晴らしい仲間が現れる。自分と異なるスキルをもった、自分より優秀な仲間がいれば、夢を実現できる可能性も高くなる。

 

さー2013年!おもいきって行動しよう!

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町田 龍馬

著者プロフィール

25歳 起業家。米国向けにFacebook解析ツールを「ZenMetrics」を開発しながら、NetConcierge.jpのインバウンドマーケティングとFANCAM.comの日本進出を支援(http://t.co/DX58UjKS)。過去に倖田來未FANCAMと学研カレンダーアプリの企画/ディレクション、マイクロソフトのコンサル。モットーは「海外経験者や起業家精神を持った人を増やして日本を元気にする」

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